鳩山総理とわたし:苫小牧民報社

企画・特集

鳩山総理とわたし

(3)民主党苫小牧支部顧問 大津山峻さん(63)

(2009年 9/19)

結成間もない民主党の勉強会でのツーショット=1997年8月、神奈川県箱根町

 鳩山とは、大学4年の1970年3月に約1カ月間、ひょんなことで一緒に欧州旅行したのが最初の出会いです。

 わたしは青山学院大、彼は東大の学生で同学年。人数を集めて旅費を安くしようと、旅行会社と一緒に「ヨーロッパ文学散歩」と銘打った旅行を企画したのです。わたしが団長を務めました。女性の多かった青学の旅行企画が東大にも伝わったのか、東大からは鳩山を含め男3人が参加し、総勢30人ほどの旅団となりました。これが彼の人生で初めての外遊だったと聞き、意外でしたね。

 祖父の鳩山一郎が総理で、日ソ国交回復など当時のニュースで知っていましたが、「あの鳩山の孫か」といった程度で、存在感はまったく無かった。ひょろっとして口数も少なく、部屋の隅で1人座ってるようなシャイな人間で、到底女性に持てるようなタイプじゃない。旅行ではイタリア、フランス、ドイツ、ベルギー、デンマーク、イギリス、オランダなど10カ国近くを巡りました。イタリアのナポリでは生ガキを食べたんですが、あたってみんな具合悪くなり、「鳩山も同じ人間なんだ」と思ったね。

 欧州の高速道路はどこも当時、乗る時に乳牛の搾乳おけのような入れ物にドライバーが親指でコインをカランと弾き入れて走行。まるでおさい銭箱。入れない者もいたし、そんな光景を鳩山も見ていたと思う。高速道路の無料化の発想は、そんなところから来ているのかもしれない。

 再会もまた偶然でした。彼はスタンフォード大に留学。わたしは米国出資の航空会社に入社し5年後、苫小牧に戻り家業を手伝い、商業者の付き合いで三枝三郎さんの後援会青年部長をしていました。三枝さんが引退表明し、後継候補として聞いた名前が「鳩山」でした。最初は「鳩山って誰? 由紀夫? あの由紀夫? 何で?」と驚いたってもんじゃ無かったよ。腐れ縁の始まりでした。

 自民党離党、新党さきがけ、民主党結党と、彼を支えるのは本当に大変でした。今回は政権選択選挙と言われたが、二大政党制への道を開くとした目標は達成したと思う。今後は二大政党の中で今の世代を背負って立つ分身が必要だ。

 彼はうそをつかない。本質的なポリシーも最初から何も変わっていない。地味で謙虚。だから総理は似合わない。総理は派手な男じゃなきゃ駄目。ジョークの受ける外交に適しているんじゃないかな。内政は次代を担う若手がやるべき。とにかく体に気を付けて元気に頑張ってもらいたい。