企画・特集
鳩山総理とわたし
(5)元苫小牧市議会議長 上原毅さん(62)
(2009年 9/22)
有珠の沢町内会の有珠川まつりでのツーショット=2004年7月 |
総理大臣の就任について、まず最初に思ったのは、大変だろうなということです。しかし、国民の大きな期待をしっかりと受け止め、新しいことを始めるに当たって必要な大きなエネルギーに変えてほしいです。健康に留意され、政権交代を果たされた「後」と、総理になられてどんな「足跡」を残されるかという、この2つの「あと」をどうか大事にしていただきたい。
雲の上の存在となってしまいました。鳩山さんは、代議士になる前は、専修大の助教授でした。わたしはその専修大の出身ということで、大学を通じたつながりが最初です。
1984年の春、次期衆院選への立候補を表明された後、地域活動の一環として、専修大学北海道連合校友会苫小牧支部の集まりでお会いしたのが初対面だったと思います。85年には市民会館で催された第2回青春謳歌(おうか)ショーという舞台に共に立ち、15人ほどで校歌と応援歌を披露しました。鳩山さんとは、育った環境こそ違いますが、同じ47年生まれ。人の目をよく見て話を聞く、意志の強い、同じ仲間だという印象が強く焼き付いてますね。
わたしは83年に市議会議員に初当選し、当時は民社党公認候補。このため86年の衆院選は小平忠氏を応援する立場でした。鳩山さんには、個人的には当選してほしいと思っていました。
93年の新党さきがけ結成のころだったでしょうか。鳩山さんから「民社党はわれわれの考え方に近いんだよ」と言われたことがありましたね。そのときは何とも思いませんでしたが、民社党解党を経て、95年の統一地方選でわたしが無所属となってからは、鳩山さんを支援する立場となりました。現在は、鳩山由紀夫苫小牧市後援会の筆頭常任副会長を務めています。
鳩山さんは本当に気さくな方で、わたしが97年の市議会議長選の当選直後、一番早く祝福の電話をくださりました。うれしかったですね。今でもはっきり覚えています。
苫小牧は大きな可能性のある街。いろんな要素があり、国家的プロジェクトなど国全体の政策とのバランスを取りながら、今後の発展に十分期待が持てる。道9区(胆振日高管内)の地域のいろんな人たちの考え方を聞きながら、地域がもっと安心して暮らせるようぜひ取り組んでほしい。




